建築大好きオジサンの覚書

55才からの迷わないマンションリフォーム

ふるさとは遠きにありて:アメリカでどんぐり拾いをした日

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室生犀星の「ふるさとは遠いにありて思ふもの」をずっと「遠くから故郷を懐かしむ詩句」と思い込んでいました

Z会が運営している大岡信先生のサイトによると、上京した犀星が志なかばで故郷に戻った折に、ふるさとの人々から冷ややかな対応をされて胸にこたえた・・・って詩句だったとは。

いやはや勘違いしておりましたよ、お恥ずかしい

犀星のおかれた故郷での辛い状況を理解して、いっそう哀しみが増しました

犀星の詩句はさておき、故郷から遠く離れて哀しい気持ちになった時がボクにもあります。

アメリカに赴任した時、英語環境になじめずほとんど話さなくなってしまった子どもを心配したボクらは、時間を見つけてなるべく一緒に遊ぶようにしていました

英語環境におびえている様子だったので、少しでも楽しく新鮮な驚きがあるように、話し掛ける時はさまざまな日本語の語彙を意識して使いました

当時住んでいた地域は日本のテレビ放送が映らなかったので、幼児向け番組の定番『おかあさんといっしょ』を見せたりはできません。それで、奥様とボクは遊びながら出来るだけ日本語の歌を歌うように心がけていました。

近くの公園でシャボン玉をしながら「シャボン玉」の歌を歌ったり。

でもボクは、野口雨情の歌詞

「シャボン玉飛んだ 

屋根まで飛んだ 

屋根まで飛んで 

こわれて消えた」

を一緒に口ずさみながら、なんだかもう哀しい気持ちでいっぱいでした

雨情の子どもが亡くなって悼んだ歌と知っていたからです

子どもを亡くした雨情の想いがボクをセンチメンタルにしたのか、自分の足元でぷぅぷぅシャボン玉を飛ばしているこの子は、この先良い方向に向かうのかなといつも不安に思っていました

ある日、シャボン玉液がなくなって帰る道すがら、どんぐりがたくさん落ちているのに気づきました。シャボン玉グッズを入れてきたビニール袋がパンパンになるまで、子どもと夢中で拾ってコンドミニアムに戻りました

ビニール袋いっぱいのどんぐりにぴょんぴょんしている子どもの手を引いて、コンドミニアムの廊下を部屋に向かっていました

すると向こうからサンタみたいなおじいさんがやって来るのが見えました

子どもが嬉しそうにビニール袋を振っているのに気づいたサンタおじいさん、ぎょっとなってボクらの方に駆け寄ってきます

「知っているよね!」

サンタおじいさんは息を切らせています

「君らのふるさと(hometown)と違って、アメリカじゃ、どんぐりは食べられないんだよ!」

ええっと、知ってます、知ってます

っていうか、日本でも食べませんけどねぇ、今は。戦時中じゃないですから。コマとかヤジロベエとか作ろうと思っていただけです、ハイ

手を振って見送ってくれたサンタおじいさんに、その後会う機会はありませんでした

それからしばらくたって、突然、堰を切ったように話し始めた子どもです

ボクはあのサンタおじいさんを25年以上たった今でも思いだします

頬を上気させて、ゆっさゆさズボンに付けたサスペンダーを揺らしながら、ボクらに伝えるために転がるように長い内廊下を走ってきてくれた姿を

サンタおじいさんの優しい想いに、あの時のボクは「私のふるさと」に戻ったような、そんな気がしていました

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